Écriture

エクリチュールについて

エクリチュールとはフランス語で「筆記」や「書法」といった意味を持つ言葉です。日本ではあまり聞き馴染みのない単語かも知れませんが、作曲理論や技法のことを指す音楽用語です。ここではどんな種類のものがあるのかを、簡単にご紹介します。

記譜法

最も基礎的なエクリチュールは、楽譜の読み書きについての知識と技術をまとめた「記譜法」です。世界には楽譜が無くても成立する音楽がたくさんある一方で、楽譜とは切っても切れないジャンルや編成もありますよね。クラシック曲でさえコンピュータで制作するようになった昨今でも、ピアノや管楽器、弦楽器を使った音楽では、楽譜を介して作編曲をしたり演奏するのが主流です。デジタルテクノロジーの進歩によって、文書が手紙からメールに変わっても文字が無くならないように、楽譜そのものが廃れることは無さそうです。それには合理的な理由があるのですが、だからこそ音楽を楽しむすべての人にとって、このエクリチュールは学ぶ価値があると思います。

和声法と対位法

「和声法」と「対位法」はどちらも、複数の声部(楽器)をどうやって1曲としてまとめるか、をとことん考えたエクリチュールです。この2つ、名前が違いますが、「縦から見るか?横から見るか?」という視点の差があるだけで、実は同じものなんです。なんて言うと詳しい先生からは怒られてしまうかもしれませんが、はじめてこのエクリチュールを知ったという方は、それくらい大雑把に捉えて良いと私は思います。少なくとも、アプローチは違えど目指しているところは同じ、ということです。詳しくは西洋音楽史を避けては通れないので、ここでは「対位法」がルネサンスの時代に確立され、その後に「和声法」が生まれたという順番に触れておくだけに留めておきましょう。吹奏楽っ子ならアンサンブルの編曲に、DTMerならストリングスセクションのアレンジに、必要不可欠なのがこのエクリチュールです。

管弦楽法

管弦楽、つまりオーケストラのこと。音楽にそれほど詳しくない人でも、大勢の演奏者が多種多様な楽器を扱っているというイメージを持っていると思います。その通り、オーケストラには弦楽器、木管楽器、金管楽器、打楽器の4セクションがあり、”3管” や “14型” といった定型によってその規模を表現します。「管弦楽法」には、個性豊かな楽器たちの魅力を引き出し、決められた編成のオーケストラで最大限響かせるための手法が詰まったエクリチュールです。もちろん各楽器についての知識がなければ、どの楽器にどんな事をやらせるのかを判断することはできません。そのため、各楽器の構造や奏法についての楽器学も、管弦楽法の一部になっています。

楽式論

多くの曲には、テーマ(主題)と呼ばれるメロディがあります。”あの曲” と思い浮かべるとき、脳内再生されるのはテーマではないでしょうか。「運命」ならジャジャジャジャーン、J-POPならサビの頭、というように。そしてこのテーマは、曲中に何回か登場するのが普通です。例えばサビはじまりで→Aメロ→Bメロ→またサビ、そして2番というのがJ-POPの王道パターンですが、クラシックにも楽曲を構成するいくつかのパターンがあります。楽式というのはこういった分類のことで、例えばピアノ曲にはソナタ形式と呼ばれる楽式だったり、オーケストラ曲には交響曲という大規模なものもあります。これらの楽式を学ぶために「楽式論」というエクリチュールがあります。

現代のエクリチュール

デジタルテクノロジーを駆使した音楽制作が主流となった2000年以降、ここまでに紹介した伝統的なエクリチュールは、エンジニアにとっても価値あるものになってきました。ここでいうエンジニアというのは、レコーディングやミックスを担当する音響技師(レコードやCDなどの録音作品が作られるようになった頃に生まれた職業で、演奏を良い音で録音し、音楽作品の原盤を作るという専門職)のことです。録音作品なので、確かに音質は重要ですが、録るものは音楽そのものです。各楽器がどんな役割を担っているか、対旋律や各パートの動きが主旋律とどう関係しているか、そういった音楽的な観点からのポストプロダクションが、エンジニアにも求められるようになっています。

反対に、作曲家やアレンジャー側にも、デジタルレコーディング分野に精通する必要が生まれました。楽譜を手書きする頻度は下がり、作編曲の全工程がデータ上で進められ、インターネットを介して聞き手の耳に届く時代です。これから更に変化していくであろう作曲の手法も、和声法などの書法上のエクリチュールだけではカバーしきれなくなっています。物理現象としての音そのものである「音波」、それをデジタルデータとして扱う際に重要となる「音量」、これらを総合し楽曲として組み立てるための「音響」についても、これからのエクリチュールの範疇だと考えています。